気仙沼での活動(2011.10)

10月7日の夜に岡本をマイクロバスで出発し、8日のお昼前に気仙沼に到着しました。

岡本商店街はソーシャルメディアで情報発信のお手伝いをする為、ITに強い方々を中心にこんなブースで活動。



その横でツタエテガミプロジェクトの紹介をさせていただきました。


お祭りには、なんと、6月からお手紙のやりとりをさせてもらっている方が会いに来てくださりました。

やっと会えた!!

という感じ。

初めてだったはずだけど、久しぶりの再会のような、なんとも言えないあったかい気持ちになりました。

また会いに来ることを約束して、記念写真を。

気仙沼滞在2日目。

朝は、青龍寺から気仙沼港まで街の様子を見ながら歩きました。



現在もこんな感じ。

6月に来て以来、大きく変わった所は感じられませんでした。

ただ、港には船が何隻か停まっていて、カモメやウミネコもたくさん飛んでいたし、海を覗くと小魚やクラゲの赤ちゃんもいて、生き物は戻って来てるんだなという印象です。

前回はマスクがないと辛いほどのにおいでしたが、今回は大丈夫でした。

それから、私は大学生2人について来てもらい、お手紙のやりとりをしている方がいらっしゃる仮設住宅(松岩中学校)に伺いました。



急な訪問だったので、会えるかは分かりませんでした。

もしいらっしゃらなくても、書き置きだけでも残せたら…

この仮設住宅で今回ツタエテガミプロジェクトで預かったお手紙を一通でも届けられたら…

という気持ちで行きました。

お手紙に書いていた仮設住宅の番号をもとに訪ねると、中から写真の彼女が出て来てくれたのです。

最初は私のことをだれだか分からなかったみたいですが、

『神戸から来た早瀬です。』

と言うと、すぐ分かってくれました。

ぱぁっと笑顔になってくれて。

招き入れてくれたお部屋には旦那さんもいらっしゃいました。

皆でお話をしていると娘さんも帰って来て、とてもビックリされていました。

急にお邪魔したのにみなさん喜んでくれて、私も涙が出るほど嬉しかったです。

3.11のときのお話も聞かせてもらいました。

行方不明になったご兄弟が遺体で見つかったとき、ショックのあまり涙も出ず、当時は彼のことを思い出せなかった時があるとおっしゃっていました。

避難所から仮設住宅に移る事はできたが、狭い所に6人暮らし。

みなさんそれぞれ色んな辛い思いがあること、前を向いてみても先が見えない不安を抱えていること、それでも生活はしなければいけない。
日々に追われながら過ごしていることを知りました。

今回、実際に会いに行って、感謝の言葉をもらったことで、ツタエテガミプロジェクトの目的を体感しました。

自信になりました。

こんな私のつたないお手紙でも、あんなにも喜んでくれる方がいました。

お金もないし、時間もない。
だから被災者の支援ができ無い。

そうじゃない。

誰にでもできるお手紙での支援。

お返事が来なくても、誰かの元に届いたお手紙はきっとその人の心に残っています。

(娘さんはお子さんの事や様々な手続きなど、日々に追われてお返事書けなかったが、とっても嬉しかったと言ってくださいました。)

そこから繋がれたらきっと会いに行きたくなります。

会いにいけなくても、お手紙でつながる事で、その土地が一気に身近になります。

一対一の繋がりってこういう事だとおもうんです。

支援とは言ってるけど、わたしはあの笑顔に出会えたことで本当に救われたと言うか、逆に助けられたような気がしました。

たくさんのものをいただきました。

一時間足らずの滞在でしたが、本当に素敵な時間でした。

長くなったので続きは次回に。
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プロフィール

ツタエテガミプロジェクト

Author:ツタエテガミプロジェクト
2011年6月より神戸・岡本で活動中。

東日本大震災の被災地である宮城県に住む人との文通を通じて、一対一のこころの繋がりを作るきっかけになればと思い
活動しているプロジェクト。
ひとりひとりが繋がって長い心の支え合いを目的としています。

ツタエテガミプロジェクト代表
稲冨歩美・早瀬友季子

★お問い合わせ★
tsutaetegami@gmail.com

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